より転載
ロモロ・グエリエーリは苗字の通り(guerrieri:戦士)とにかく監督した映画が出来・内容ともに荒っぽく(同時に粗っぽくも)、スタッフとして演出に関わった映画もまた荒っぽかったりするイタリアのマエストロである。日本の批評家たちは概ね悪い評価を下しているが、作品数が少ない割には公開数が多いので、けっこう客を呼べる人気があったのだろう。
そんな猛々しいマエストロの作品群を振り返ってみると、日本でのデビュー作である「皆殺し無頼」は、躁鬱症のように起伏が激しい西部劇で、多々ある暴力シーンになると演出は生き生きさを増し、極めつけはキレると言動が異常に乱暴になる敵役がいて、子供を踏み蹴り殺したりなど凄いことをしてくれる。続く「二匹の流れ星」は悲壮な雰囲気な映画であるが、一人の敵のために爆殺を仕掛けたり、不毛な殴り合いで友情をはぐくんだり、腰抜け男が愛犬を殺されて俄然やる気になる「七匹のプロファイター」でもラストの殴り合いの荒々しさには目を見張るものがある。
次にスリラー「デボラの甘い肉体」を撮ったマエストロだが、ノーマルに作り上げていく事が我慢できなかったのか、家に侵入してきた男と乱闘になるシーンだけは荒っぽさが際立ってしまっている。結局「夜の刑事」では、ダーティーな刑事が聞き込みする相手を殴ったり、暴走ドライブで被疑者を脅して追突したり(これで刑事かい)という暴力路線に戻り、フラッシュバックで過去の事件を追っていき、荒々しい編集とカメラワークがよりニューシネマっぽさを高めるのに成功した「替え玉(未公開:ジャン・ソレル、エヴァ・オーリン主演)※1」を経て、「傷だらけの刑事」では主人公の同僚刑事が誘い出されたサーキット場で走り狂う何台もの車に襲われ、復讐のため敵を押し込めた車を踏切内に放置するという、陰惨かつ荒っぽい路線を見せだし、スパイ・アクション「黒の標的」になると親友を殺され敵に捕まった主人公が精神病院にブチ込まれる(!)という、強烈な精神的リンチを魅せてくれる。
惜しいことに「ラスト・ソルジャー」が今のところ最後の日本公開作になってしまったが、この「マッドマックス2」系近未来アクションは、これまでの救いようの無いストーリーを受け継いだうえ、最初から最後まで荒っぽいシーンが詰まった品格も何もあったもんじゃない作品に仕上がり、見ようによっては最もマエストロらしい映画ではないかと思えるのだ。嗚呼!グエリエーリ、猛々しいカルト・ディレクターよ。小生は遠い東の国で、新たにマエストロの作品が鑑賞できるのを待ち望んでいるぞ。
※1 原題:La Controfigura
セルジョ・ガッローネ、彼はハリウッドで最も高い地位についた俳優R・レーガンに似たような芸名も名乗る映画マエストロである。彼はオペラ映画で有名なカルミネ・ガッローネの息子!…ではないが、「エヴァの匂い」等に出演した俳優リッカルド・ガッローネの兄弟であり、残念ながら日本ではナチ女囚シリーズしか劇場公開されなかったため、その名前を知る人はあまりいないが(それに、映画によって違う名前で出てくる人間では憶えようがないではないか…)、海外ではカルト・ディクテイターディレクターとして知られている。
彼の監督した映画というものは、必ず不吉な雰囲気が漂い、陰鬱な設定で、時にどうしようもなく救い様のない世界が舞台だったりして、さながら晴天の風景も曇空の風景みたいに錯覚させる。ともかく文章で説明するのは難しいので(ならするなって?)、各映画
のワンシーンを取り上げてみよう。
● (西部劇なのにも関わらず)うなされた夢で見た女に現実で出会ってしまう「三人の無法者」
● なぜか点火して爆発寸前のダイナマイトを投げ合うという競技(?)をする二人の男(しかも試合終了後にさわやかに退場)と、それを平然と見守るギャラリーの出てくる「ジャンゴ・ザ・バスタード(※B)」
● 通常の5割増かと思えるくらい数が多いガンマンを撃ち尽くしていく「十字架の長い列」
● 闇夜の砂漠で、数台のトラックのライトの光をバックにシルエット気味に映る男達が、主人公一人にじわじわ攻め寄ってくる「油田基地大爆破」
● 神秘的な鍾乳洞の中にまるで幽霊のようにたたずむ男が悪党を倒すという「殺せジャンゴ、初めに殺せ(※C)」
● 家族を皆殺しにされた医者が、保安官の制止を無視して、心身ズタボロになりながら独り犯人を追う「暁の復讐(※D)」
● 軟禁状態においた妻たちを捨て置いて、今は亡き一番の愛妻との想い出に浸りつつ砂漠をさ迷う石油富豪という「ラスト・ハーレム」
● 心の中で響く、自分を嘲笑う笑い声と怪物化した自分に浴びせられる非難の声に苦しみながら森の中をさまようドクターという「怪物の恋人(※E)」
● リンチを受け瀕死になった状態で、閉じ込められた狭い部屋に火をかけられる「呪われた札束(※F)」
このように、例えて言うなら"極限の境地"とかいう状況設定が際立つが、これが美しく映えるのがガッローネ映画の魅力、追い詰められるのが好きな貴方に御覧頂きたい。
※B 原題:DJANGO IL BASTARDO
※C 原題:UCCIDI,DJANGO...
UCCIDI PER PRIMO
※D 原題:QUEL MALDETTO GIORNO DELLA
RESA DEI CONTI
※E 原題:LE AMANTI DEL MOSTRO
※F 原題:DINERO
MALDITO
イタリア映画界の言わば"セリエB"においては、自国他国を問わずヒット作の2番煎じを撮るのは定石で、クンフーや忍者モノさえ撮った者もいるのだが、とりわけ幼少の時から映画界に身をおいていたアルベルト・デ・マルティーノは筋金の入った巨匠だ。
この監督の経歴を振り返ってみると、まず1960年頃に筋肉英雄譚「ヘラクレス」の大ヒットを受けて、ヘラクレスの祖父を主人公に持ってきた「豪勇ペルシウス大反撃」を(まあ、ヘラクレス(※A)の方も撮っているようだが)監督、続く「無敵の闘士」では、あの「鉄道員」の名子役を起用、続くマカロニ・ウェスタンブームでは、既にヒットしていたヒーロー「リンゴ(※B)」そして「ジャンゴ(※C)」を主人公に起用(さらにブームに乗じて作られたコメディ・ウェスタンの続編(※D)を監督)、007にあやかって弟ニール・コネリーを起用したあげく脇も"イタリアの"007俳優で固めた「キッド・ブラザー作戦」、予算のかかる戦争シーンを減らすための工夫なのか、マカロニ・コンバットと泥棒映画を足して割ったような「アルデンヌの戦い」、「ゴッドファーザー」に対抗して本家シチリア出身のアントニオ・サバトを起用した「シシリアン・マフィア」、大人向けのエクソシスト「夢魔」、カナダのダーティー・ハリー「ビッグ・マグナム」、イタリア製スーパーマン「ピューマ・マン」、どことなく「リーインカーネーション」に似た「ブラッド・リンク」、ダリオ・アルジェント映画っぽい「サイコ・キラー」…と、このように監督作品を挙げていくだけで、流行映画の歴史が分かってしまうという物凄さ。イタリア映画の公開が激減した1970年代になっても、日本公開を勝ち取った強さは、ここにあるのだろう。娯楽指向主義万歳!
※A 原題:IL TRIONFO DI ERCOLE
※B 邦題:荒野の10万ドル
※C 邦題:復讐のジャンゴ
※D 原題:CI RISIAMO,VERO
PROVVIDENZA?
※E 原題:GIU'LA TESTA... HOMBRE
※F 原題:ARRIVANO
DJANGO E SARTANA... E LA FINE か QUEL MALEDETTO GIORNO D'INVERNO...
DJANGO E SARTANA ALL'ULTIMO
トリニタビデオでは洋画ビデオソフトを通信販売しております。このページのコンテンツに関連した映画も多数ございます。 1960〜70年頃に大量に作られたイタリアの西部劇なんだけど、それでも西部劇を10本以上撮った監督といっても、「続・荒野の用心棒」のセルジョ・コルブッチと「皆殺しのジャンゴ」のフェルディナンド・バルディくらいしかいないんだよね。けど60年代の終わりに、とてつもない監督が現れた。海外で"スパゲッティ・ウェスタン界のエド・ウッド"とまで呼ばれるこの人、デモフィロ・フィダーニ。なんとキャリアの半分を西部劇に費やしてる!こここまでやるなんて、もう監督を通り越してただの西部劇マニアだね。この人の西部劇の特徴を分析してみると、
・出演メンバーがいつも同じ
・「夕陽のギャングたち…よ(※E)」「ジャンゴとサルタナ(※F)」とか、マニア心をくすぐるカッチョいいタイトルがついてる(ので、つい観たくなってしまう。あー)
・マニア好みのシチュエーションが多い
・全体的に寒々として乾いたムード
初めてみる人は泣いちゃうかも知れないね。だけど、イタリアの西部劇ブームが衰えて来た70年代後半に、こんなに多くの西部劇をリリースできたなんて驚きだよね。
60年代後半、棺桶とマシンガンで世界中を震撼させた「続・荒野の用心棒」、ネロ様
演じる主人公「ジャンゴ」は、ある種の人々の間では、元ネタのジャンゴ・ラインハルトより有名になり、(関係あるかどうかは分からないが)某キャラクター名や、東芝の機材名にもなってしまったが、二番煎じがお得意のイタリアでは、間髪おかずジャンゴ映画が作られた。例えば「無宿のプロガンマン(無職のプータローではない)」の英語題名はA
FEW DOLLARS MORE DJANGO(日本語に置き換ると「夕陽のガンマン・ジャンゴ」)なのだが、主人公はリーガンという賞金稼ぎでジャンゴではない。おーい、どこさ行ったべな。
同じ頃封切られた「二匹の流れ星」の原題は10,000 DOLLARI PER UN MASSACROで、ジャンゴとはー、なんの関わりもございませんよって思いきや、なぜか主人公はジャンゴ。しかしコスチュームは違う。奇妙にも賞金稼ぎというとこだけ一致してる。その後もこの手のモノは作られたようだが、「続・荒野の用心棒」と同じプロダクションが「皆殺しのジャンゴ」をリリースしてしまい、偽物ではうけなくなったのか、ついに原形に近いそのものズバリ「DJANGO
IL BASTARDO」が登場、死んだも同然、が「続荒野…」で、死んだはずだった、が「皆殺し…」なら、こっちは死んだが化けて出た、という設定ぶり。ナチ女囚もので日本にショックを与えたセルジョ・ガッローネが監督なので、そのスゴさは計り知れよう。主演はどこか陰のある西部劇ヒーローがハマリ役のアンソニー・ステファンで、監督と一緒に脚本も書いており、この映画の救いようのない暗さに拍車をかけたのではなかろうか。なおストーリーは「荒野のストレンジャー」に似ており、さてはパクったかと思いきや、こっちの方が3年ほど古く、大御所イーストウッドがイタリア西部劇の影響から抜けきれなかった事や、シリーズ中最高に暗かった「ダーティーハリー4」など、彼も暗い性格だった事がうかがえて面白い。なお映画にはお馴染み(?)ガッローネの兄貴リカルドもチョイ顔を出してる。
スパゲッティ・ウェスタンには、悪がかってて斜めに構えたアンチ・ヒーローが良く出てくるが、この「ザ・ビースト」はさらにスゴい。一見、強烈な悪役をこなしてきたクラウス・キンスキーが、ついに主役を演るのかぁーとか思って観ると、KK扮する主人公ジョニー(この名前の主人公はよく出てくるが、スパゲッティ・ウェスタンにも多い)は、女に飢えていて、のっけからグラマラスな洗濯女に襲いかかるが、夫?に銃を突きつけられ失敗する。しかもこのパターンが何回も続く(笑)。そして金にも飢えているジョニーは、ならず者と組んで強盗するが、ワナ(ってゆーか、盗まれる方にしちゃあ防犯対策)に引っ掛かり空のバッグを取るというミスを犯し、相棒がつかまってヤバくなると相棒をあっさり殺してしまう…という、今まで見たことないようなニュータイプのヒーロー。卑劣、冷酷、ドジ、おまけに悪ぶってるとはいえ、ルックスが悪いので全然カッコよくない。これはスゲえ。
知る人ぞ知る○○社が作ったビデオには、マカロニ!と売り出せる内容でないとみたのか、マヌケにも単に分からなかっただけなのか、ライナー(パッケージに書いてある紹介文)には一言もマカロニ・ウェスタンと書いてない。書いとけば需要が増えたろうに…
合唱(×) 合掌。
時々、外国映画には日本が出てきますね。これが、誤解と偏見に満ちた"ユガんだ日本&日本人"像だったりして、それはそれで結構面白かったりする。それは「タタミの上の風呂の中で殿様が混浴」してる西アジアの教科書や「チョンマゲして、刀差して歩いてる。よく地震で揺れるから船酔いしない」と思うヨーロッパ人程度のレベルで映画を作ったせいだからと思うんだけど、こんな変テコなジャンルはスパゲッティ・ウェスタンに…もある。
米・仏・日スター競演「レッド・サン」のパロディといわれる米・米=伊・伊マカロニ・スター競演「ザ・サムライ荒野の珍道中('74)」がそれだ。ご覧になった方はお分かりのように、ここに出てくる日本人は、およそ日本語とは思えない日本語をしゃべる。しかし、江戸時代と今とでは話し言葉が違うハズだし、方言もあったかも知れないと考えると、かえってスタッフの読みの深さに驚いてしまう(みんな、笑ってるかい?)。これの場合はサムライがアメリカへ行くワケだが、アメリカ人がサムライのいる国へ行くというのもある。
前号紹介した「暁の用心棒」の続々編「THE SILENT STRANGER('69)※」がそれで、ガンマン(トニー・アンソニー、表紙の写真右)、別の資料ではカウボーイが、ひょんな事から日本の城下町に来てお家騒動に巻き込まれる、というお話。言葉の橋渡し役として、戦後の英語教育を受けてる最中のローティーンの姫が通訳をするというのが、なんか理屈にかなってて面白い。スパゲッティにしては贅沢に日本でロケしてるので、狭い路地裏や家などリアルで、風景も嘘っぽくない(作る人の主観の違いからか、日本とは違う世界みたいに感じるが)し、出演者の90%が日本人俳優なので自然に日本と認識できる。庶民が小判で年貢を払ってたり(凄いインフレだ。しかしTV時代劇にはもっとヒドいのがあったぜ)、やたら雨が降ったりするが、まだこの手の映画にしちゃ誤解や偏見は少ない…バンツィ監督、やるじゃない。これぞレア映画の決定版!
イタリア史劇同様、スパゲッティ・ウェスタンも、アメリカから大物や新人を呼んでハクをつける(特に西部劇はそれらしく見せれる)というテクニックを常用していたが、「荒野の用心棒」のクリント・イーストウッドが4作撮り終え、国際スターに変身して帰国すると、後釜を狙ったアメリカ人が、続々イタリアにやって来て(もろスパゲッティ・ウェスタンの雰囲気)イタリアからもジョージ・イーストマン、ケン・ウッドなんて俳優が登場し、「クリント・ザ・ストレンジャー('68)」なんてウェスタンまで作られた。
ランク下の舞台俳優で小柄なトニー・アンソニーも、アクター・ビー・アンビシャス…な訳で縁あってイタリアに渡る。流行ってるし金儲けにもなるウェスタンを、1本は撮りたい監督は多かったろうが、趣味が合う?ルイジ・バンツィ監督と意気投合。イーストウッド様なき今、そっくりのヒーローが現われれば(といってもあまり似てないが)売れる!という的確な計算で作られたのが「暁の用心棒(A
STRNGER IN TOWN)'67」だろう。
カギになる悪役には「シシリーの黒い霧('61)」で成功した先輩、フランク・ウォルフが担当。「荒野の用心棒」を意識したのか、インディオかラモン・ロホスかといったルックスだが、キャラクターは違う。ちなみにウォルフは悪役、善人役、謎の人物役を演じ、幅広い役柄のようだが、結局は死ぬという幅狭い役柄をこなし、ウェスタンに出なくなると自分から死んでしまった… ヒロインが出てこないことも多いスパゲッティながら、ヨランダ・モディオが赤ん坊を抱え登場。彼女は全編セリフなしで、モデル出身という演技不足をカバーし?、しかも目立つという監督のテクニックに驚く。
ストーリーは「メキシコの町にやって来たよそ者が、町を支配した強盗団に儲け話を持ちかけ、成功すると金を奪い合う…」と、変わりばえしないせいか、日米の解説本には「セルジオ・レオーネ映画のマネ」などと書かれている。しかし声を大にして「違う」と言いたい、というより書いちゃった。外見は似てるが中身が違うのだ。粗(荒?)っぽいスパゲッティ・ウェスタンの中でも「暁の用心棒」は演出が細かい。主人公が建物の中を探り歩くミステリアスな「静」と、銃撃戦という「動」が交互に入って飽きさせず、ランプが撃たれて映像が真っ暗になる/火をつけて映像が明るくなる、っていうコントラストもいい。特に終盤の、お互いを見通したかのような、男女の気遣い合いは心に残る。腕っぷしは強くない主人公が、アタマを使って危機を切り抜けていくシチュエーションが、新しいヒーロー像を感じさせる。特に小柄な者にはこの設定はたまらん。
果たして彼らは一獲千金したのだろうか。イタリアでは運良く大手ティタヌスの配給でヒットしたらしく、続編「早撃ち野郎
最後に死ぬのは誰だ」と「THE SILENT STRANGER」が作られた。日本では売れ線の用心棒シリーズだったが、我が国のアンソニー人気は今ひとつで、公開作はリンゴ・スターも共演する「盲目ガンマン('71)」くらいだが、「秘法の王冠('82)」がどこのビデオ屋でも見かけるという事を考えると、そうでもないか。
いきなり度肝をぬかれるシーンから始まる「殺して祈れ'67)Requiescant」は、我が国では評価が低いようだが、「アポロンの地獄」の監督ピエル・パオロ・パゾリーニが謎のメキシカーノ役で、主役だったフランコ・チッティは人形とお話しする(!)ガンマン役で出演するレアもの。カルロ・リッツァーニ監督が、当時流行りだしてたメキシコ革命を取り入れ、お得意の社会派アクションっぽく仕上がってる。リー・ヴァン・クリ−フが好きだったのか?、当初の英語版ではリー・ヴァン・ビーバー名でクレジットされてた。
主人公は「群盗荒野を裂く」のルー・カステルで、旅回りの神父に育てられた青年を演じる。銃の名手ながら純粋無垢なので、自分で撃ち殺した強盗に向かって、聖書を読んでラテン語で「安らかに眠れ」と祈り、町の人達を呆然とさせる。また馬を走らせる時、ムチをやる代りにフライパンで尻を叩いたり、口のきけない老人とジェスチャーで話しをしたり、囚われの娼婦を解放したり、骨と踊ったり、酔っ払って逆さに馬に乗ったり、奇蹟が起こったり(戦争中の実話)と、心温まるが笑えるエピソードで一杯。そして共演のマーク・ダモン演じる、ドラキュラの様なメイクをした富豪(「皆殺し無頼」のご一緒した女の子の名前なんか覚えちゃいない陽気なガサツ男ジョニーからは想像つかない)は、拷問の様子を熱心にスケッチするわ、召使いを的に射撃大会を開くわと、凄いサディスト。もちろん他のスパゲッティ・ウェスタンにもリンチや虐殺を趣味にしてるような悪役はいるが、残酷さに美意識と悦びを感じるキャラクターは初めて。特に彼がわめき散らすシーンになると、あまりの異様さに笑えてくる程だ。スパゲッティ・ウェスタンの中には「続夕陽のガンマン」みたいに3つ巴になったり、「怒りの用心棒」のように真っ暗の中、煙草の火だけで相手の動きを読み取るという、変わった決闘があるが、この「殺して祈れ」では、直に相手を傷つけなくフェアでやるため、両者が椅子の上に立ち首吊り状態になり、柱時計が鳴ったら椅子の脚を撃つ、という物凄い(富豪に感化された?)やり方。
音楽は「世界残酷物語"モア"」等のリズ・オルトラーニが担当だが、ウェスタン村でもかかってた「怒りの荒野」とは違い牧歌ムードのテーマ曲(アリゾナ風じゃなくてミズーリ風ですな)で、リクエイムの時はオルガンで厳かに流れる。個人的に気に入ってるのは、緊張が漂う酒場のシーンに、メキシコ人達が歌う曲で、上手くはないがノビノビ歌っているところがいい。
製作(02年〜04年):スタジオ八王子ウェスト
製作(99年〜01年):Michele
Pietorito他
発行:TRINITA